研究に参加する -研究概要-
現在、不幸にして亡くなった子どもの詳細な検証を行うことで、将来の子どもの死亡を減らしていくための「チャイルド・デス・レビュー(CDR:Child Death Review)」が、程度の差こそあれ多くの国で制度化されています。
日本小児科学会「子どもの死亡登録・検証委員会」のパイロット研究によって、小児死亡の3割弱は予防の可能性があったことが確認されました。しかしこのパイロット研究に参加した地域は少なく、またあくまで「研究」の枠組みとして行ったものでした。上記の報告を行った上で、この取り組みは現在では終了しています。
そこで、本研究はパイロット研究の方法論を基盤に、同様の取り組みを行う地域を増やし、ここからCDRのモデル事業化、さらにはCDR実施の法制化を目指すことで、CDRの社会実装を推進することを目的として計画されました。
CDRに興味はある、あるいは必要性を感じてはいるものの、実際にどこからどう手をつければ良いのか不安がある、という場合に、本研究に参加/協力することでCDRを実現する一歩を踏み出すことができます。参加の仕方は様々なパターンがあり、また、幾つかの段階を踏んで「より高次の」ありかたを目指すこともできます。
CDRの検証パターン
実際にCDRを行うにあたって、①どのような症例を検証の対象とするか、②どの部分まで検証を行うか、によって、以下のような幾つかのパターンが考えられます。
1)後方視か前方視か
過去に経験した死亡事例に関して振り返って調査を行うか(後方視的=後ろ向き調査)、あるいはこれから発生する症例に関して調査を行っていくか(前方視的=前向き調査)、の大きく2つのパターンが挙げられます。さらに前方視的な調査は、「研究開始後に発生した死亡事例も対象として、診療録などをふりかえって調査を行う」か、または「研究開始後に発生した死亡事例に対して、統一した情報フォーマットをもって、死亡対応と同時に情報を収集し、検証作業をongoingで行う」(完全な前方視的研究)か、に分けられます。検査のし忘れ、問診項目の不足などを防ぎ、死亡時調査の質をこれから高めるという副次的な効果を考えると、検査項目を予めリストアップしてある「完全な前向き研究」が理想的ではありますが、今回のように「研究」という枠組みで行うには、多くの法的・倫理的な問題が立ちはだかります。
そこで本研究は、すでに診療に関して記録されたものを調査する(既存資料の調査)後方視調査として行うこととしています。
2)単施設か多施設か
自施設で経験した症例に関して調査を行うか、あるいは近隣の多施設で発生した症例に関してまとめて調査を行うか、大きく2つのパターンが挙げられます。
単一施設の症例に関して(自分自身が)調査をすることには、手続きが煩雑でなく、データへのアクセスが容易で、同じ判断基準に依るためデータの質も担保されやすいというメリットがあります。その一方で、自施設にたどり着かなかった症例が脱落するため大きなバイアスがかかりうる(例えば、大規模病院で調査を行う場合、大規模病院にアクセスした(出来た)死亡例の検証が可能だが、地域医療事情や医療ネグレクトの存在などによってアクセス出来なかった死亡例は選択的に脱落してしまう)危険性があります。
またより客観的な判断が求められるステップ2(虐待検証)、ステップ4(不詳死細分類)などにどうしても主観が入りこむ可能性もあります。
一方で、地域の複数の施設が共同体として調査をすることには、周辺施設に参加を呼びかけ、それぞれの施設との調整を進めながら手続きを進め、地域での検証委員会を運営しなければならない(そのために地域でリーダーシップを発揮しながら主体的に動く調査者が存在しなければならない。無給で!)などの問題点はありますが、該当地域における医療体制のあり方に対するよりPopulation-basedなデータに基づく検証が可能である、という大きなメリットが生まれます。また、多施設調査によって地域全体の動向が検証できれば、行政や司法など地域を管轄する他職種へのアプローチをしやすくなるというメリットも大きなものです。CDRの最終目標の一つが、予防できる子どもの死亡を防ぐための「具体的な施策を提言する」ことにあると考えると、このような(医療以外との)コネクションを形成することは非常に重要な意味を持ちます。
3)何をどのように検証するのか?
Step1 疾病グルーピング
死亡診断書に記載された死因、および診療録の記載内容や検査結果等をもとに、死因別に10のグループに(再)分類します。
2:自殺
3:事故
4:悪性疾患
5:急性疾患
6:慢性疾患
7:先天異常
8:周産期/新生児
9:感染症
10:不詳の死
Step2 虐待/ネグレクトが死亡に関与したかの(再)検証
収集しえた情報をもとに、全ての死亡事例に対しあらためて虐待/ネグレクト(以下「虐待等」)がその死亡に関与した可能性を、下記の5段階で評価します。ステップ1の疾病グルーピングの段階で、明らかに虐待等によると判断されたものは「1:虐待/ネグレクト」に分類されていますが、ここではそれ以外に分類したものに関しても、不適切な養育(環境)が死亡に影響した可能性を十分に検証するために再検証を行います。虐待/ネグレクトの潜在する死亡は、予防可能死の最たるものということが出来ます。将来的な子どもの死亡を減らすための「地域の力」をボトムアップするためには、この様な検証を行うことが極めて重要です。
2:事故あるいは内因の可能性が高いが、完全には虐待等の否定ができない
3A:事故あるいは内因による死亡か、虐待等による死亡か、重み付けがし難い
3B:虐待等の可能性が高いが、事故や内因による死亡も否定できない
4:確実に虐待等による死亡であろう
Step3 不詳死の再分類
ここまでの検証において、死因を不詳(ステップ1:疾病グルーピングが「10:不詳の死」である)とせざるを得ない死亡にも遭遇すると思われます。そもそも死亡の原因について、「死因は全く分からない」か「死因は確実に解明された」の0か1かで分けられるものではありません。そこで、ここまでの情報をもとに、不詳死に関しても4つの段階に再分類します。このことによって、当該地域の死因究明体制のあり方を議論する土台が生まれます。
Ib:調査に不備あり
IIa:調査に疑義あり
IIb:診断できなかった内因/外因死
Step4 予防可能性の検証
Step5 予防施策の検証
ここまでの情報をもとに予防可能性があった事例に関しては、当該死亡を防ぎえた「理想的な介入ポイント」は何かを、具体的に検証します。次の同様の死亡を防ぐというCDRの最終的な目的に照らし合わせると、このプロセスは極めて重要といえます。ただし、実現可能性のない施策をいくら提言しても現実的には意味を持ちません(例えば「子どもの交通事故死を予防するために、車の販売を禁止する」など)。そこで、具体的な施策を提言するのと同時に、その施策の実現性についても検証します。地域の子どもの死亡を防ぐ取り組みは、もちろん医療のみでは実現できません。将来的には施策実現に責任と権限を持つ多くの機関と協働でCDRを実施することで、施策の実施可能性は高まることとなります。その際にはこのような有効性の検証が施策優先順位を決定する上で、極めて重要になるでしょう。
2:予防可能性は高くはないが、施策実現性は高い
3:予防可能性は高いが、施策実現性は低い
4:予防可能性は高くなく、また施策実現性も低い
5:予防可能性はない
登録フォームにこれらの情報の入力を行うことは、大変なように感じるかもしれません。ただし原因が明確な内因死の場合には、ほとんどの記載を簡便に済ますことが出来るはずです。それ以外の外因死・不詳死・予防可能性にあった死亡は、丁寧な検証を行うために詳細な入力が望まれますが、死亡事例全体の3割程度と思われます。
4)研究を行う利点
それぞれの症例に関して、登録フォームを記載することが、個別症例の死亡を検証する第一歩になります。単一施設であっても本研究に参加し、入力フォームを提出して頂くことによって、「個人を同定できない、病院における診療情報をベースにした統計情報」が中間生成物として得られることになります。本研究では、そのような貴重な情報を取りまとめて、研究参加者にフィードバックを行います。
本研究(中央研究)では、地域事情によらない全国的な動向を検証します。各地域の医療機関が共同して症例をまとめて検討することで、地域全体の動向や医療体制などにつき、全国平均とどのような差異を有するかを比較検証することも出来るようになります。地域の医療機関が可能な限り多く参加することで、よりPopulation-basedな地域の全体像について検証ができるでしょう。
本研究を発展させて、地域で多機関での検討が行える場合には、当該医療機関がステップ1・4を行い、検討を行うことが望まれる事例をスクリーニングしたうえで、一例一例を丁寧により客観的な判断を求められるステップ2→4を行い、ステップ5を合議で行うことがより望ましいでしょう。ただし、現時点では多機関の職員の都合を合わせた合議体での検証の場は、現時点では仮に頻繁に行い得たとしても、1回2-3時間で年間数回でしょう。地域によっては各会合で取り扱う事例は、例え重点的に検証を行うべき事例が死亡事例のうち3割程度と仮定しても、一事例当たりの検討時間は極めて短時間になってしまいます。そのために本研究では当該医療機関があらかじめステップ5までの検証を行う形式にしています。時間が限られている中で、多機関連携で議論を行う場合には、ステップ5について、重点的に協議をするとよいでしょう。
法制化がなされることで、医療機関で把握できなかった死亡を把握できるようにもなるでしょう。本研究班では、そのような将来的な検証体制についても、今後試案を提示していく予定です。いずれにしても医療者が第一歩を踏み出すことが、地域でCDRを社会実装させる上での最大の要因ということが出来ます。少しでも多くの医療機関に参加していただくことを期待しています。